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街角のアスター
街角に、ほんの一間ほどの小さな花屋がある。 ガラス越しに並ぶ花は派手ではないが、どれも丁寧に水を含み、朝の光を静かに受け止めている。 その店の名前は特に洒落てはいない。ただ、「アスターの花屋」とだけ書かれている。 店主のアスターは、33歳。 お店を開いてからもう10年になる。 花に囲まれた生活は長いが、家族と呼べる存在は、この街にいない。 六歳のころ、両親は離婚した。 原因は母の浮気癖だったが、人を責められない父は自ら家を出ていった。 その後ほどなくして母も蒸発した。 母の知り合いの家に引き取られて育った。 父はその後も全く戻らなかった。 声も、背中も、いつしか思い出せなくなり、記憶に残ったのは、花の名前を嬉しそうに教えてくれた横顔だけだった。 だからアスターは、この店を開いた。 父が好きだった花の香りが、いつか彼を導いてくれるかもしれないと信じて。 ある日、ひとりの男性が店を訪れた。 無口で、控えめで、黒い帽子を深く被っていた。 決して長居はしない。 それなのに、なぜか胸の奥に、小さく揺れるものがあった。 その日、アスターが差し出したのはアイリ
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