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最果ての木
――私は、ここに立っている。 村の中心に、一本だけ根を張り続けている木だ。 人々は私のことを「憧れの木」と呼ぶ。 それもそのはずだろう。 私は芽吹いてからというもの、驚くほどの速さで育った。 幹は太くなり、枝は空をつかむように伸び、 実はどれも瑞々しく、大きく、重たく実った。 風が吹くたび、村のあちこちから声が届いた。 「すごいね」「立派だね」「あんなふうになれたら」 その声は、私の年輪の奥に、静かに染み込んでいった。 だが、すべての視線が温かかったわけではない。 私の成長はあまりにも早すぎた。 昨日まで細かった幹が、今日にはもう別の木のように見える。 枝ぶりが変わり、影の形も違う。 人は、理解できない変化を恐れる。 いつしか私は「憧れ」ではなく 「異質なもの」として見られるようになった。 ――欺きの木。 そんな名で、囁かれていることも知っていた。 そして、ある時からだ。 私の中を流れていた力が、急に弱まった。 葉は艶を失い、実は落ち、幹の奥が軋むように痛んだ。 人々は心配そうに私を見上げた。 だが、誰も気づかなかった。 私が、初めて“立ち止まっ


シークレットイレ
世界一長いトイレがあるーーーー。 そのトイレの噂を、最初は冗談だと思った。 そんな話、信じるほうがどうかしている。 けれど、実際にその前に立ったとき、笑いは喉の奥で止まった。 古いコンクリートの建物。 くすんだ白い扉。 見た目は、どこにでもある公共トイレだ。 ただ一つ違うのは、扉に貼られた注意書きだった。 ―― このトイレは、入口から便座まで約1000メートルあります。 時間に余裕のある方のみ、ご利用ください。 ―― 冗談だろう、と思いながらもなぜか引き返せなかった。 取っ手を引くと、軋んだ音とともに扉が開く。 中は、想像以上に静かだった。 一歩、足を踏み入れる。 ひんやりとした空気。 コツ、コツ、と自分の靴音だけが響く。 蛍光灯が等間隔に並び、白い廊下が真っ直ぐ伸びている。 ――長い。 思わず笑いそうになるほど、長い。 最初は半信半疑で歩いていた。 「どうせネタだろう」 「話題作りでせいぜい100メートルまでだろう」と。 しかし150、200、250メートル・・・ 冗談にしてはすでに長い距離を歩いている。 そして、300メートルを過ぎたあたりで


ハッピーパズル
これは、 「幸せになりたい」と願った人のもとに、 ある日突然届けられる――少し不思議な贈り物の話だ。 それは、薄い段ボール箱だった。 差出人は、ネットで検索したところヒットこそしたが、一度も聞いたことのない玩具メーカー。 中には緩衝材と、小さな箱が三つ。 そして一枚の紙が、丁寧に折りたたまれて入っていた。 ―――――――――― 突然のお届け、失礼いたします。 玩具メーカー○○でございます。 このたび弊社では“解くと幸せになれる”パズルを試作いたしました。 本品は、抽選ではなく“条件を満たした方”へお送りしております。 内容は三つのパズル。 すべてを解くことができた方には特別な変化が訪れるとされています。 なお、試作品につき代金は不要です。 ただ、解けた方はぜひとも弊社宛にご感想を。 どうぞご自身のペースでご自由にお楽しみください。 ―――――――――― ・・・怪しい。 そう思わなかったと言えば嘘になる。 それでも、不思議と手放す気にはならなかった。 問い合わせをして真偽を確かめるよりも、今すぐ中身を見たいという気持ちのほうが勝っていた。...


X'masケーキを待ちわびて
今、笑顔は強張っている。 今日は、いつもの「今日」とは違う。 俺も、いつもの「俺」とは違う。 18時30分。 今年一番の任務が、静かにその時を待っている。 それは会社で果たすものではない。 タイムカードを切った、その“後”にある。 ……そう。 会社近くの某ケーキ屋で、家族のためにクリスマスケーキを買って帰ることだ。 「なんだ、そんなことか」と鼻で笑う人には、きっと一生わからない。 これは立派な“戦い”なのだ。 その店は、テレビで何度も取り上げられ、芸能人や著名人も足繁く通う有名店。 並ぶケーキはどれも申し分なく美味しい。 だが、この店を伝説に押し上げているのは、別格の存在がある。 それが―― 毎年12月24日、18時30分。 開店と同時に店頭でのみ販売される、限定50個の “幻のクリスマスケーキ” 。 ホールケーキの上に、イチゴもチョコのプレートもない。 代わりに乗っているのは、砂糖菓子で作られた大きなサンタの帽子が、ひとつだけ。 正直、これだけを見ると「?」となる。 それもそうだ。 見た目は“一筆書きの家”のようにしかみえない。 だが――...


自動販売機
今入社3年目の私の目の前には あの日の私とよく似た自販機が置いてある。 2種類の飲み物が売り切れていて 他の飲み物たちは力なく光っている。 「売切れ」の文字は いまだ煌々と光っているようにも見えた。 私はこれまで2つの夢を諦めている。 パティシエとモデルだ。...


襷を繋ぐ
目一杯走ってきた。 それはもう 心臓が悲鳴を上げるくらいに。 腕を振ることも辛いくらいに。 すぐにでも倒れ込みたいと思うくらいに。 それでも足を止めない理由は何だろう? 『一度でも足を止めたらもう走れなくなるかも・・・』 そんな恐怖心からだろうか。 それとも...


忘れてはいけない
「動くこと」と同じくらい「休むこと」も大事。 「聞くこと」と同じくらい「話すこと」も大事。 「気遣うこと」と同じくらい「労われること」も大事。 「喜ぶこと」と同じくらい「泣くこと」も大事。 「笑うこと」と同じくらい「怒ること」も大事。...


中身は同じでも
僕たちの心はその“中身”よりも 言い方やフレーズを重要視しているらしい。 「前も同じミスをしただろ!どう対処すればいいか思い出せ!」と言われるよりも 「前回も似た状況になったよね?その時はどう解決したか覚えてる?」と言われた方が はるかに気持ちは楽だ。...


雨粒たちの大冒険
雨の日は ただなんとなく 部屋から外を眺める回数が増える。 そして 晴れている時には ほとんど意識していない 窓を眺める回数も一緒に増える。 雨粒が一粒また一粒と 窓の下の縁に流れ着いては溶ける。 数えきれないうちの一粒を追いかけてみた。 そいつは...


7829杯目のコーヒー
部屋いっぱいに広がる優雅な香りは 自分の持つこのカップから放たれている。 何ら変わり映えのない日常 安物のマグカップ どこのスーパーにでも売っているドリップコーヒー。 揃っているのはこんな平凡なキャストであるにも関わらず 息も心もすごく弾んでいる。...
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