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鬼ごっことかくれんぼ
夕方の公園には、いつも決まった時間になると影が長く伸びる。 ブランコの鎖はきしみ、砂場は誰も触れないまま、昼の熱をまだ抱えている。 子どものころ、僕らはそこで鬼ごっことかくれんぼをした。 ルールは曖昧で、開始の合図も適当だったけれど、走る理由と隠れる理由だけは、はっきりしていた。 鬼ごっこは、捕まえられたくなくて必死に逃げる遊びだ。 息が切れても、足がもつれても、後ろから迫る足音が怖くて、ただ前へ前へと走る。 あのときの僕らは、「追われること」が負けだと思っていた。 一方、かくれんぼは違う。 息を潜め、物陰に身を縮め、見つからないようにじっと待つ。 物音ひとつ立てないように、心臓の音さえ邪魔に感じながら。 それでも不思議と、怖さよりも、誰かが探してくれている安心感のほうが勝っていた。 ――今思えば、あれは人生の予行演習だったのかもしれない。 大人になった僕らは、いつの間にかずっと鬼ごっこをしている。 仕事に追われ、評価に追われ、時間に追われる。 立ち止まれば置いていかれる気がして、逃げることをやめられない。 誰が鬼なのかも分からないまま、ただ走り
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