X'masケーキを待ちわびて
- iCR

- 2025年12月25日
- 読了時間: 5分
今、笑顔は強張っている。
今日は、いつもの「今日」とは違う。
俺も、いつもの「俺」とは違う。
18時30分。
今年一番の任務が、静かにその時を待っている。
それは会社で果たすものではない。
タイムカードを切った、その“後”にある。
……そう。
会社近くの某ケーキ屋で、家族のためにクリスマスケーキを買って帰ることだ。
「なんだ、そんなことか」と鼻で笑う人には、きっと一生わからない。
これは立派な“戦い”なのだ。
その店は、テレビで何度も取り上げられ、芸能人や著名人も足繁く通う有名店。
並ぶケーキはどれも申し分なく美味しい。
だが、この店を伝説に押し上げているのは、別格の存在がある。
それが――
毎年12月24日、18時30分。
開店と同時に店頭でのみ販売される、限定50個の“幻のクリスマスケーキ”。
ホールケーキの上に、イチゴもチョコのプレートもない。
代わりに乗っているのは、砂糖菓子で作られた大きなサンタの帽子が、ひとつだけ。
正直、これだけを見ると「?」となる。
それもそうだ。
見た目は“一筆書きの家”のようにしかみえない。
だが――
ケーキを綺麗に“半分”にカットした瞬間、その正体は明らかになる。
緻密に計算されたスポンジ生地。
そこには、サンタの髭からおでこまでが、可愛らしくデザインされている。
スポンジのサンタと、砂糖菓子の帽子が合わさった時、ようやく“完成”するのだ。
見て可愛い。食べておいしい。
争奪戦必至と言われる理由は、伊達じゃない。
ちなみに余談だが、スポンジを上手く切れないと、
こちらが想像もしなかった“悲惨なサンタ”が誕生してしまう。
そのため、希望すれば購入時に店員さんがカットしてくれるらしい。
……良心的だが、プレッシャーは倍増だ。
さて、話を戻そう。
このケーキを手に入れるには、いくつかの絶対ルールがある。
オンライン販売なし。
事前予約不可。
そして極めつけは――
開店5分以上前から並ぶの禁止。(通行人の迷惑になるため、とのこと)
つまり、勝負は当日。
時間通りに並んだ“先着50人”だけが、その資格を得る。
そのため、毎年数えきれないほどの人が涙を飲み、
巷ではいつしか『Sweet War(甘い戦争)』と呼ばれるようになった。
現実は、ケーキのケほども甘くない。
普段は「真面目だ」と言われる俺も、今日ばかりは違った。
仕事に集中できているとは、とても言えない。
お客さんにメールを出して(ケーキ50個は少なすぎるだろ!)
ミーティングの準備をして(本当に買えるだろうか)
部長に出張の確認をとって(5分以上前に並ぶ人、いないよな……?)
来週の打ち合わせ資料を作成して(争奪戦まで、あと2時間弱……)
心の中は、ずっとこんな調子だ。
気づけば、いつもの倍以上、時計を見ている。
限定品のために、前日から並ぶ人たちの気持ち。
今なら、少しだけわかる気がした。
焦ったところで、何かが変わるわけじゃない。
それでも――逸る気持ちだけは、どうしても抑えられなかった。
そして、時計の針は、無情にも18時へと近づいていく。
―――定時。
タイムカードを切る音が、やけに大きく聞こえた。
18時24分。
コートを掴み、エレベーターに飛び乗る。心臓の鼓動が足に伝わって、勝手に歩幅が速くなる。
「落ち着け、まだ慌てる時間じゃない」
自分にそう言い聞かせながらも、視線は無意識にスマホの時計を追っていた。
18時26分。
店の角が見えた瞬間、胸がきゅっと縮む。
――人、いる。
数人…いや、十数人。
並んでいるが、まだ店頭には近づいていない。どうやら“5分ルール”を守っているらしい。安堵と緊張が同時に押し寄せる。
18時28分。
人は少しずつ増えていく。
年配の夫婦、会社帰りのスーツ姿、学生らしきカップル。
皆、同じ方向を見つめ、同じ時間を待っている。
この中の50人だけが、あのケーキを手にする。
18時29分。
誰かが小さく深呼吸をした。それが合図のように、周囲にも同じ空気が広がる。
18時30分。
シャッターが上がる音。
「どうぞ、お並びください」
その一言で、Sweet Warは静かに始まった。
―――結果から言おう。
俺は、50人目だった。
正確には、49番目だったかもしれない。
店員さんが「こちらで最後になります」と言った直後、後ろから小さなため息が聞こえた。
ショーケースに並ぶ、例のケーキ。
砂糖菓子の大きなサンタ帽子が、誇らしげにこちらを見下ろしている。
手に取った瞬間、重みが違った。
値段でもサイズでもない。
この一箱に詰まった時間と想いの重みだ。
「カット入れておきますか?」
店員さんの問いに、少し迷ってから頷いた。
―――帰り道。
ケーキ箱を両手で抱えながら、自然と足取りが軽くなる。
空気は冷たいのに、胸の奥は不思議と温かい。
家に着くと、玄関から小さな声が聞こえた。
「パパ、まだかな」
ドアを開けた瞬間、子どもの目がぱっと輝いた。
妻は一瞬驚いた顔をしてから、静かに微笑んだ。
「…買えたの?」
俺は黙って箱を差し出す。
テーブルに置かれ、箱が開かれる。
現れたのは、サンタ帽がやたらと主張している、少し不思議なケーキ。
「え、これ?」
子どもが首をかしげる。
入っている切れ目をゆっくりと開く。
そして、現れたサンタの顔。
「わあっ!」
その声は、今日一番のご褒美だった。
笑顔。
驚き。
拍手。
そのどれもが、18時30分までの不安や焦りを一瞬で溶かしていく。
ケーキを口に運びながら、子どもが言った。
「パパ、ありがとう。これ、今年一番だね」
その一言で、すべてが報われた気がした。
会社での評価も、数字の成果も、今日は関係ない。
俺はちゃんと、家族のために戦って、勝って帰ってきたのだ。
今、笑顔は緩んでいる。
―――
Sweet Warは、確かに甘くない。
でも、その先に待っている時間は、驚くほど甘かった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
では、また次のブログでお会いしましょう(^^)ノシ
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