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返事のない喫茶店
近所に新しい喫茶店が出来た。 その喫茶店は少し変わっている。 いつ行ってもひとけがない。 店の名前は出ていない。 看板には、色あせた木札に小さく「OPEN」とだけ書かれている。 中に入ると、ベルが鳴る。 しかし、いくら待っても誰も出てこない。 カウンターの奥には、使われた形跡のないコーヒーメーカー。 棚には整然と並んだ白いカップ。 なのに、不思議と「営業していない」という気配はなかった。 それどころか、誰かに見られているような感覚があった。 試しに、カウンターの席に座ってみる。 すると、目の前に一枚のメモが置かれているのに気づいた。 ――「ご注文は、心の中でどうぞ」 冗談だろうと思いながら、私は心の中で呟いた。 「……ホットコーヒーを1つ」 数分後。 瞬きをしたその一瞬にして、湯気の立つカップが目の前に置かれていた。 誰もいない。 音もしない。 それなのに、確かに“届いている”。 その日から、私は時々この喫茶店を訪れるようになった。 仕事でうまくいかなかった日。 理由もなく気持ちが沈んだ日。 誰にも話せない思いを抱えた日。 店はいつも静かで、 話


日替わり人生
ご飯・味噌汁・漬物は、毎日ほとんど同じ。 でも、おかずだけは違う。 焼き魚の日もあれば、唐揚げの日もある。 たまに「今日は当たりだ」と思う日もあれば、 「え、これ?」と箸が止まる日もある。 それでも人は、文句を言いながら箸を持つ。 だって、食べなければ一日が始まらないから。 人生も、案外それと似ている。 朝起きて、仕事に行って、帰ってきて、眠る。 やっていることは昨日とほとんど同じなのに、 なぜか日によって重さが違う。 上司の一言で疲れ切る日もあれば、 同僚の何気ない一言で救われる日もある。 「毎日同じでつまらない」と思うこともあるけれど、 もし毎日が完全に同じだったら、 私たちはたぶん“今日”を覚えていられない。 たとえば―― 今日のおかずが、唐揚げだったとする。 特別じゃない。豪華でもない。 でも、昨日が焼き魚だったから「今日は当たりだな」と思える。 逆に、昨日がごちそうだったら、 今日は少し物足りなく感じるかもしれない。 それでも、どちらも「食べた」という事実は残る。 人生も同じだ。 特別な一日ばかりを求めなくていい。 「まあまあの日」も


最果ての木
――私は、ここに立っている。 村の中心に、一本だけ根を張り続けている木だ。 人々は私のことを「憧れの木」と呼ぶ。 それもそのはずだろう。 私は芽吹いてからというもの、驚くほどの速さで育った。 幹は太くなり、枝は空をつかむように伸び、 実はどれも瑞々しく、大きく、重たく実った。 風が吹くたび、村のあちこちから声が届いた。 「すごいね」「立派だね」「あんなふうになれたら」 その声は、私の年輪の奥に、静かに染み込んでいった。 だが、すべての視線が温かかったわけではない。 私の成長はあまりにも早すぎた。 昨日まで細かった幹が、今日にはもう別の木のように見える。 枝ぶりが変わり、影の形も違う。 人は、理解できない変化を恐れる。 いつしか私は「憧れ」ではなく 「異質なもの」として見られるようになった。 ――欺きの木。 そんな名で、囁かれていることも知っていた。 そして、ある時からだ。 私の中を流れていた力が、急に弱まった。 葉は艶を失い、実は落ち、幹の奥が軋むように痛んだ。 人々は心配そうに私を見上げた。 だが、誰も気づかなかった。 私が、初めて“立ち止まっ


ハッピーパズル
これは、 「幸せになりたい」と願った人のもとに、 ある日突然届けられる――少し不思議な贈り物の話だ。 それは、薄い段ボール箱だった。 差出人は、ネットで検索したところヒットこそしたが、一度も聞いたことのない玩具メーカー。 中には緩衝材と、小さな箱が三つ。 そして一枚の紙が、丁寧に折りたたまれて入っていた。 ―――――――――― 突然のお届け、失礼いたします。 玩具メーカー○○でございます。 このたび弊社では“解くと幸せになれる”パズルを試作いたしました。 本品は、抽選ではなく“条件を満たした方”へお送りしております。 内容は三つのパズル。 すべてを解くことができた方には特別な変化が訪れるとされています。 なお、試作品につき代金は不要です。 ただ、解けた方はぜひとも弊社宛にご感想を。 どうぞご自身のペースでご自由にお楽しみください。 ―――――――――― ・・・怪しい。 そう思わなかったと言えば嘘になる。 それでも、不思議と手放す気にはならなかった。 問い合わせをして真偽を確かめるよりも、今すぐ中身を見たいという気持ちのほうが勝っていた。...
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