返事のない喫茶店
近所に新しい喫茶店が出来た。
その喫茶店は少し変わっている。
いつ行ってもひとけがない。
店の名前は出ていない。
看板には、色あせた木札に小さく「OPEN」とだけ書かれている。
中に入ると、ベルが鳴る。
しかし、いくら待っても誰も出てこない。
カウンターの奥には、使われた形跡のないコーヒーメーカー。
棚には整然と並んだ白いカップ。
なのに、不思議と「営業していない」という気配はなかった。
それどころか、誰かに見られているような感覚があった。
試しに、カウンターの席に座ってみる。
すると、目の前に一枚のメモが置かれているのに気づいた。
――「ご注文は、心の中でどうぞ」
冗談だろうと思いながら、私は心の中で呟いた。
「……ホットコーヒーを1つ」
数分後。
瞬きをしたその一瞬にして、湯気の立つカップが目の前に置かれていた。
誰もいない。
音もしない。
それなのに、確かに“届いている”。
その日から、私は時々この喫茶店を訪れるようになった。
仕事でうまくいかなかった日。
理由もなく気持ちが沈んだ日。
誰にも話せない思いを抱えた日。
店はいつも静かで、
話しかけても、返事は返ってこない。
けれど、不思議なことに——
ここを出る頃には、心の中が少し整理されているのだ。
ある日、ふとカウンターの奥の壁に、小さな文字が彫られているのを見つけた。
「ここは、言葉にならなかった声が休む場所」
その下には、無数の名前のようなものが刻まれていた。
消えかけているものもあれば、最近刻まれたばかりのものもある。
その中に、私は自分の名前を見つけた。
いつ、刻まれたのかはわからない。
けれどその瞬間、はっきりと理解した。
この喫茶店は、
誰かが話を“聞いてくれなかった”場所ではなく、
誰かが“言えなかった想い”を、黙って受け取る場所なのだと。
店を出ると、外は夕暮れだった。
振り返ると、そこにはもう喫茶店はなかった。
けれど不思議と、寂しさはなかった。
言葉にならなかった思いは、
確かに、どこかで受け取られたのだから。
そして今日もまた、
どこかの街角で、
返事のない喫茶店は静かに扉を開けている。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ブログを読んで疑問に思ったことや感想などありましたら
コメントいただけると嬉しいです。
では、また次のブログでお会いしましょう(^^)ノシ



コメント