top of page

劣等生の優越感

  • 執筆者の写真: iCR
    iCR
  • 10 時間前
  • 読了時間: 3分

友達より成績が劣っている。

同僚より仕事が遅い。

兄弟より出来が悪い。

姉妹よりも気が遣えない。


しかし、そのことを悔む必要は全くない。


なぜなら――

劣っている者にしか見えない景色が、この世には確かに存在するからだ。


成績が良い人間は、正解へ最短距離で辿り着く。

仕事が早い人間は、迷わず要点を掴む。

出来の良い兄弟や姉妹は、自然と期待され、自然と応える。


それはそれで立派だし、誇るべき才能だろう。


一方で、劣等生はどうか。


間違える。

遠回りをする。

何度も同じところで立ち止まり、「自分はなぜできないのか」を考え続ける。


この“考え続ける時間”こそが、劣等生の財産だ。


劣等生は、最初から世界を信じていない。

「自分はきっと正しい」などという傲慢さを持たない。

だからこそ、疑い、観察し、拾い上げる。


優等生が見落とす小さな違和感。

出来る人が無意識に切り捨てる感情。

「それ、誰のための正解なんだろう?」という問い。


劣等生は、それを拾ってしまう。


ある日、職場でトラブルが起きた。

誰もが「原因はここだ」と即座に断定し、修正案を出す。

会議はテンポ良く進み、正解らしきものが整っていく。


その中で、発言できずに黙っていたのが、

仕事が遅く、評価も低い、いつもの“あの人”だった。


会議の終盤、上司がふと聞いた。

「何か気になること、ある?」


彼は少し困った顔で言った。

「たぶん、全然的外れかもしれませんけど……」


そう前置きしてから、誰も気に留めなかった一つの前提を、ぽつりと疑った。


結果、その一言が、すべてをひっくり返した。


優秀な人たちは、早く正解に辿り着ける。

だが、正解の前提を疑うことは、あまり得意ではない。


劣等生は違う。

正解に辿り着けないからこそ、

「そもそも正解って何だろう」と考え続けている。


だから、世界の“ほころび”に気づく。


人生も同じだ。


出来が悪い人間は、早く成功しない。

人より遅れ、人より迷い、人より多く失敗する。


その代わり、

「何が自分を壊すのか」

「何が自分を救うのか」を、骨の髄まで知っている。


これは、才能だ。


しかもこの才能は、

競争に勝った者には決して手に入らない。


劣等生は、負け続けた末に、“勝たなくてもいい場所”を見つける。


他人と比べなくてもいい場所。

誰かの期待に応えなくてもいい場所。

自分のペースで息ができる場所。


そこに辿り着いた劣等生は、強い。


もう、奪われるものがないからだ。

もう、見下されることを恐れないからだ。


劣っていることは、人生の敗北ではない。

それは、

別のルートを進んでいるだけなのだ。


そしてそのルートの先には、

優等生が決して味わえない、

静かで、確かな優越感が待っている。


「自分は、自分として生きていい」


そう思えた瞬間、劣等生は、誰よりも自由になる。


――劣等生の優越感とは、

遅れて辿り着いた者だけが知る、人生の裏側なのだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

では、また次のブログでお会いしましょう(^^)ノシ

コメント


bottom of page